毎日
直感よりも個人的で直截的なものがあるだろうか。それは、修行者が神秘的な体験、啓示、
そして真の悟りを獲得するために出発する唯一の方法である。それでも彼らは、彼ら自身
の内部に求め、内的に感じなければならないものについて、これらの体験を持たぬ人たち
や教師に求めよと主張している。14.22.1.2851 8 2014イエスの言葉(「天国は汝の中にある」)は、その意味は明快であり、その文言は強烈であ
るにも関わらず、何と多くの人たちがそれを無視して来たことだろうか。16.25.1.512 8 2014彼が神秘体験についての能力を開発したからと言って、その人格を発展させ、進化させる
義務から逃れることは出来ない。彼はこの義務を果たし、自己の全ての能力について均衡
させなくてはならず、それが終了するまでは、聖なる至福は間欠的、短絡的なものとなる。
しかし、その義務が完遂されたとき、それは自然で連続するものとなる。11.16.2.1033 8 2014彼がエゴより完全に離れ、究極の「悟り」に入るのは自身の力ではないことをやっと理解
できたとき、大いなる謙虚さが訪れる。「恩寵」が仲裁人なのである。15.23.4.1014 8 2014啓示のとき彼は自己を離れ、内部にある存在を発見し、それを超越する。その啓示の後、
自己とその内部にある存在との意識的な関係性を創造する機会に恵まれる。彼はこの素晴
らしき出来事を象徴するような人生をその後、送っていかなければならない。14.22.7.2295 8 2014音楽的に訓練された耳が演奏された曲を聴いて旋律を認識出来るのと同様に、持続した努
力と長期間における実践により、偽りの直感より本当の直感を一定のスピードと確かさを
持って選び分けることが出来る日が来るだろう。14.22.1.2066 8 2014... 1人の人が住む心の深層は彼の隣人が住む心の深層と切り離すことは出来ず、同じも
のである...11.16.14.85, 巻7 8 2014... 特に理由もないのに泣きたい衝動に駆られたときはそれに抵抗してはいけない。何故
ならそれは恩寵が働いている徴候であるからだ。その衝動に身を任せればするほど、彼は
速やかに成長する。物質的な世界観からは理解できないであろうが、これは極めて重要な
展開である。12.18.5.302, 巻8 8 2014自己に与えられる助言で直感という方法以上に安全であり、良いものはないであろう。し
かしながら、先ずそれが本当に直感であるかどうかを確かめなければならない。14.22.1.1909 8 2014彼は初めてのイニシエーションより戻り、豊かな収穫物と共にエゴのない生活に入る。彼
は平和という安定感を持っている。そのとき、安全という不思議な感情が彼を捉えている。
不安定な未来について不安は持たず、不快な過去に対する後悔もない。これからの人生は
高位の存在の手にあることを知っており、このことで極めて満足している。14.22.7.510 8 2014直感は私たちに何をすべきか教えてくれる。理性はそれをどのようにするかについて教え
てくれる。直観は方向性と目的地を指示してくれる。理性はそこに行く地図を示してくれ
る。14.22.1.3811 8 2014瞑想の結果が出ない1つの原因は十分に長い時間、実践をしていないことである。実際問
題として、無意味で、取りとめない、散漫な考え方で時間を消費してしまうことが一般的
な経験と言える。しかしながら、これは瞑想自体について実際の作業をする前の序幕とも
言える。ビルを建設する前に必要な掘削作業なのである。うまくいかないという事実は不
快かも知れないが、それはそれで受け止めなければならない。この初めの経験が不満足で
あり、失望の伴うものだとすれば、その次の経験は至福に満ちたものであり、報いられる
ものである...4.4.3.2, 巻12 8 2014彼はこれらの経験や直感を内的実感としてだけではなく、外に表れる結果としても検証し
なければならない。これらによってさらに謙虚になれただろうか、あるいはさらに高慢に
なってしまっただろうか。それらは彼の性格を統一の取れたものにしてくれただろうか。
あるいは混乱するものにしてしまっただろうか。11.16.14.12813 8 2014自身にそう言い聞かせ、他の人にもそうだとは言っても実際に「内なる神」を発見する道
にいる初心者は少ない。彼らの修行は彼らが所属出来るグループのためであり、彼らが加
入出来る組織や関係することの出来る団体のためのものである。11.16.4.6414 8 2014彼は、眠りより目覚めさせ、昼時でも回想されるような内部からの活発な働きかけがあり、
信仰、反省、祈りあるいは瞑想することを強く促されたとき、恩寵が始まったと知ること
が出来る。それは表層意識より内部に導き、静かに深化を進め、本当の自身を発見する動
きとなる。12.18.5.27815 8 2014直感によるアイディアは通常の論理的な思考から得られるそれとは全く異なる。それが自
身により歪曲され、ごたまぜにされていない限り、いつも信頼できる。論理的に考えられ
たアイディアについても同じことが言えるだろうか。14.22.1.4716 8 2014私たちはすべて涅槃を速やかに成就する方法を学びたいと思っている。また私たちはすべ
て一夜にして「内なる神」を悟りたいと思っている。霊的導師達は人を超人にするような
魔法について教えてくれとよく要請される。11.16.7.117 8 2014... 長期修行はエゴを他の箇所に連れていくだけである、最もそれは今までよりは良い所
だが。3.2.1.136, 巻18 8 2014多くの人があらゆる努力にも関わらず自己の考えについての執着を断ち切ることが出来な
い。このことはその困難さを物語っているが、不可能を示しているのではない。このよう
な場合、恩寵のみがこれらの思考の鎖から解き放してくれる。12.18.5.11619 8 2014哲学的真理を正確に深く理解することなく、「内なる神」との合一は達成することはなく、
達成しても見せかけのものである...11.16.2.192, 巻20 8 2014直感からの声を聞く訓練をしてきた者、つまりそれが話しかけてくるのを待ち、内面的に
油断なく、しかもそれを静かに待つ訓練を自身に課してきた者は、他の人が選択あるいは
決断を迫られたとき体験する二律背反の苦しみや二者択一の悩みを経験することはない。14.22.1.25921 8 2014... 未だに啓示の経験がないと嘆く信仰者は、苦労している時に、この世を去る前に体験
できることを思い出すべきである。14.22.4.48, 巻22 8 2014私たちの内部に存在する神の如き存在、「内なる神」は、時間を超越しており、永遠であ
る。14.22.3.28323 8 2014もしそれが真正の直感であるならば、日ごと週ごとに確信が増し、やがてはその真実が議
論の余地のないものとなっていくはずである。14.22.1.21124 8 2014...静まり返った夜中に突然、エゴのない状態への透徹した悟達、人生の無限さ、普遍性、
そして叡智への透徹した覚醒を知る故の自由という透徹した感情が予期せずに湧き上がる
ことがある...16.25.2.55, 巻25 8 2014高次への意識への移転は人の意志によっては達成することは出来ない。しかしながら、人
の意志なしでも達成することもない。恩寵と努力がともに必要である。12.18.5.13326 8 2014... 欲望を克服し、動物的性向を屈服させるのは自身の力だけでは無理だということを悟
るべきである。最終段階で自身の束縛から解放してくれるのは聖なる恩寵なのである。恩
寵は自身が全ての努力をした後、自身の欲望を犠牲にし、自身の低次の性格を全て「内な
る神」に捧げた後のみ、現れる...3.2.4.50, 巻27 8 2014一体、何人の人が人生について考えを巡らし、その意義について考究しているだろうか。
恐らく、最終的には困惑し、また自己の限界を知り、諦めてしまっているのではないだろ
うか。何故なら積極的な知性はこのような疑問を感じるはずだが、適切に答えることが出
来るのは直感だけだからなのである。直観は私たちの能力の中で最も開発が遅れており、
最も不活発である。そのためこの答えについては手がかりがなく、この疑問は面倒なもの
であり、時には苦痛ともなってしまう。14.22.1.1728 8 2014一連の態度の変化を通じた進歩は、最終的に全てを超越した何物かに変化していく----エ
ゴから「内なる神」への変換である。15.23.1.5029 8 2014... 「内なる神」を求めるに当って、真摯な求道者は心のこもった愛によって求めなけれ
ばならない。実際問題として、すべての修行はこの感情によって情熱的に突き動かされて
いなければならない。...自身の利己的関心を超越している何かに献身することで、彼は
他者を犠牲にして自身の利益を求めることは最早出来ない。彼の目標は魂を愛するだけで
なく、それを理解することであり、その声を瞑想のとき聞くだけではなく、行動において
その指針を実践することである。3.2.9.67, 巻30 8 2014注意深くこの微妙な感情をその根源まで追跡することが出来れば、約束されていたような
ものよりも遙かに大きな報酬を得ることが出来よう。14.22.1.29131 8 2014
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