毎日
「内なる神」は想像したり、思考したりする何かではない。その存在は確実に感じられるも
のである。14.22.3.4081 2 2020長い証言が続くが、それについては私も追加したい。「内なる神」は形而上学の抽象論では
なく、神秘的な幻覚でもなく、稀有ではあるが、生きた切望されるべき人間の経験なのであ
る。それを知ることが最高の自身を知ることである。14.22.3.4072 2 2020これらの全き静寂の様相は疑い深き人に、通常の意識を超えた特別な意識の状態があると
いうことを説得するため、何回も繰り返さなければならないのであろうか。14.22.3.429, 巻3 2 2020神秘主義について、その霊的状態や現象を個人的に体験することなく、また客観的に観察者
としてのみ解釈しようとする人々は信頼できる解説者にはなり得ない。14.22.3.4354 2 2020この主題についての理論と実践を心の奥底から捉えている神秘家はこれについて正しく議
論し、権威のある神秘家と言える、大抵の神秘家は奥底から捉えていないため、それらを持
ち合わせてはいない。14.22.3.423, 巻5 2 2020「内なる神」が存在するかどうかについての質問を解決するにはたった一つの方法しかな
い……各人が自身で正しい霊的体験を修得しなければならないのである……14.22.3.437, 巻6 2 2020「長期修行」では、彼は実践の様々な様式を使用してきた。「短期修行」の
入り口では、時たま、または一時それらの実践を中止し、またその後、時た
ま、あるいは一時それらを実践する。こうした方法により、彼は二つの道を
統合していくのである。15.23.5.1647 2 2020真理は執筆され、説かれ、印刷もされるが、その深い意味は、人の深い沈黙
の中でのみ、伝えられていく。15.24.4.2208 2 2020人間の弱さは現状の通りである、人間の行動は私たちを驚かせたり、困惑さ
せたりすることはない。人間の行動にあまり高い望みをしないことにより、
失望したり、驚いたりすることから逃れることが出来る。15.24.3.739 2 2020かかる自身の聖なる可能性について悟った全ての人は、実際のかかる思考と
生活を得るまでそれを懇願し続ける。そうしたい努力がやがてはその修行者
をこの「修行」に導入させていくのである。2.1.2.31310 2 2020彼に会うことはないが、彼らの思考と信仰をその人に寄せている人々は、自
動的に霊感を受け取る。彼の人格の影響は彼が会う人々を支援するが、支援
していることを彼自身が気が付かないこともある。16.25.4.25311 2 2020カルマは、人が思考し、行動した正確な結果として現れる。事件や環境に対
する彼の反応は、彼の現状の正確な結果として現れ、進化における彼の姿を
示す…9.13.1.346, 巻12 2 2020彼は想像、信仰、思考において別の人に成り代わる。しばらくの間、彼はこ
の新しい人に伴う新しい運命の幻想を創出してしまう。これは再生の証拠で
はないだろうか。彼は毎日続いていた従来の古き自分より離れており、この
奇跡的変革により、自身を完全に忘れていることになってはいないだろう
か。彼は、想念した理想的自身を完全に生きているため、古い欠陥や古き弱
点が入り込む空間は無くなっている。15.23.6.14413 2 2020子供を両親が保護するだけでは十分ではない--子供を激励し、教育して霊的
に目覚めさせるべきである。9.13.2.60714 2 2020この自身の心に埋もれている善に近づいた人々は--他人に対して善意以外の
感情を持つことが出来るであろうか。15.24.3.4115 2 2020この修行の中心課題は、自我の心を「内なる神」に開放することである。
1.1.0.316 2 2020この修行には二つの方法があり、そのどちらも使用されなければならないこ
とを記憶していなければならない。一つは自己改革、自己浄化、自己努力に
よる「長期修行」で、もう一つは「短期修行」で、これにより、自我を完全
に忘れ、自身の心を、その「目標」、その「一つの真理」を指向し、それを
不断に想念し、それに一体化しようとする。第一の方法により、彼はある一
定の段階まで進歩することが出来る。しかし、第二の方法により、「高位の
力」が持ち込まれ、「恩寵」による支援が現れ始める。1.23.0.117 2 2020それは静かなる中心に住むのと騒がしい環境に住むのとの違いであり、神秘
的中核に住むのとつまらない表面的生活に住するとの違いと同様である。15.24.4.1718 2 2020外部での出来事に彼がもはや耐えられないような事態になり、無力にも休息
を聖なる力に頼る以外に道がないとき、または彼の内的感情がその聖なる力
に依存することを屈辱感とともに認識させたとき、自我は突き破られ恩寵へ
の道が開かれる。12.18.5.24219 2 2020どの人の心にも感情に支配されず、欲望によって動かされず、感覚によって
影響されない深いレベルの存在がある。14.22.3.36920 2 2020彼は常にこの世間での危険や混乱に対しては初めに完璧に正しく力のある
「内なる神」に短い瞑想をなし、その後の保護策として自我による人間の力
に頼る。14.22.3.12321 2 2020彼があまりにも自身の道徳的かつ霊的状態に過度に神経を尖らせ、欠点がな
いかを連続して観察していると、彼はバランスを失い、精神的に不健康に陥
る。自身の失敗をあまりにも強調して、結局、彼は自身の自我に囚われ過ぎ
ていることになる。15.23.2.15222 2 2020…聖者は目覚めた時に体験した覚知を睡眠時にもそれを持参出来る。彼はそ
れをぼやかすことは出来るが、それはいつもそこに存在する。13.19.3.123, 巻23 2 2020それぞれのグループは、宇宙の根源を、ブラーマ、ジェホバ、アラー、また
は道と、それぞれ異なる名前を付けて呼ぶ、しかし、それらは全て唯一の、
同じ神を崇敬しているのである。12.17.2.15024 2 2020もしもあなたが、これらの頁で述べられている原理を真理と感ずるのであれ
ば、真理に敬意を表する最大の方法はそれを使用することである。霊的な平
和は、真理を賢く渇望し、その実現に倦まず弛まず努力する人々に与えられ
るのである。1.1.0.225 2 2020荒地を植物や花々が生い茂る庭園にするよりも、人間を霊的種族にする方が
難しい。しかし、時間と人生、進化と経験は全てそれを実行するのに結合し
ていく。高位のレベルへの移行は、遅々として苦痛であり、人の性格の成熟
は、遅れがちであり、留まりがちであるが、それは確実に進む、何故ならそ
れが人類の定めなのである。16.26.4.21626 2 2020真理を少しずつ自身で発見していくのは真に自身のものとなる。マスターに
よって一挙に真理に達するのは後に自身の元々のレベルに戻る可能性があ
る。2.1.3.28927 2 2020…ミサ・ソレムニスへの献身は「心と心が語り合える」であった。稀有の創
作は深い感動を与え、それはこの上ないものであり、人の全てを超えてい
る。ベートーヴェン自身が、このミサを最大の創作としていた。まさに霊的
創作そのものであり、人と神との完全なるリンクを謳っている。9.14.4.333, 巻28 2 2020… 私たちは必要な時に最も必要なものとしてカルマを受け取る…
7.10.1.38, 巻29 2 2020
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